2006年12月31日

アリア

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8月1日 朝

 前日、ちょっとした事件があって(と、言ってしまえばたった
一言だ。蔡としては、おおいに顔をしかめるだろうが)、
 夜通し機械室にいる羽目になったから、起きてきたのは、
もはや昼も近い時間帯。

 不機嫌そのものな表情を、しかし、寝室を一歩出て、
部屋に足を踏み入れた途端、少しだけひろんだようなものにする。

 あの女と、目があった。

 彼好みの調度を揃えた、彼にとって居心地の良い部屋と、
お気に入りの従者。
 くつろぐのに丁度良い椅子は、わざわざ本国から空輸した。
どれも<Ark>の設計者であるという特権を如何なく発揮して
揃えさせたものだが………
 そのなかにいて、とけこんでいる。

 女の姿に、かけるべき言葉が浮かばずに、
思わず合った目をそらしそうになってさえいる。
 どうしてこちらが気押されねばならぬと、
考え直して、すぐ偉そうな顔をしなおしたが。

 女は表情一つ変えぬから、なんだか肩すかしを食った感じだ。
己の檻の中にいれたあとも。
 この女は、どうも、苦手に思われる。
どうにも、勝手がつかめない………!



涼と鳴蛇



蔡


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蔡 :(黙って、横目で涼を軽く牽制しながら、部屋の中にずんずんと
    進んでゆく。本棚の前で、何か調べ物でもしたいという風に、
    サッと、そこに置かれた本の背表紙へ目を走らせたが。

     小さく眉を寄せ………結局は、ゆっくりと涼を振り返る。
    朝から険悪な目つきで)

     …………あいさつくらいは、したらどう。


涼 :(何を言い出したのかというような顔で、一瞬、ギュッと、
    顔を顰めたが、その後、苦い顔のまま、口を開いた)

     腹が減った。

蔡 :(かちーんッと、来た。自分が昼近くまで寝ていたことを
    暗に責められたような気がしたのだ。
     それは、だらしないと言われることかもしれないが、
    機械室で夜明かしする羽目になったのはそもそも………

     が、そこはそれ、片意地スイッチがオンになる。
    大きく腕を振り下ろして、下僕の魔を呼びつける)

     黒猿! この女に何か食いものを!
    たらふく食わせてやれ。
     その間は小生意気な口が塞がってばんばんざいだ。

    僕には、カフェオレとオートミールを!
     どちらも暖かいうちに持ってきなよ。
    この間みたいに冷めていたら、作り直させるからねッ。


涼 :(部屋の扉の脇で、彫像のように立っていた黒猿が、
     どこか気味の悪い動きで、主人の命令に再び動き
    始めるのをちらりと見て。

     己の首もとの印を、手で、少しだけ触れ。

     白けた顔で、付け足した)

    米の飯に、みそ汁があれば十分。
     茶は新茶に限る。
    沢庵(たくあん)か、梅干しがあれば、なお良し。


蔡 :(性根、図々しいというか、肝が太いというか、
    無神経のあかしでなくてなんなのかと、涼の要望を
    ぎりぎり奥歯を噛みしめながら聞きつつ)

    聞くな、黒猿!

     昨日の夕食で残っているものがあれば、それで
    十分だ。食わせてもらえるだけでもありがたいと
    思うんだね、この馬鹿女ッ!

   (黒猿が、彼に頭を下げたまま、部屋を出ていく。
     その事で朝食に関することは終わったという
    風に、本棚の中から何冊かの本を引き抜くと、
     片手に抱え、チェストの上にどんと腰を下ろした)

    ………じゃ、始めようか!
     質問には端的に応えるように。
    ま、印の縛りがあるからね。ウソは、つけないだろうけど。


涼 :(始める? 何を。
     蔡を物問い顔でというよりいっそ、怪しむ顔で、
    見る)


蔡 :(手を空中で二三度振ると、そこから手品師のように、
    ノートとペンが。
     それを引き抜いて己の脇に置き、本を膝の上で
    ばらばらと開いて、涼を見ずに応えた)

    まずは………そうだな。
     『葛葉神道家』について聞こうか。

    それから、師兄(シーション)の所属する、日本の霊防の
    楯、『皇宮警備機構』についても知っている限り、
    あらいざらい聞いておきたいね。

     情報は、金に価する。

    それに、お前たち兄弟のことも。
     ヨハネが異様に警戒してるからな。
    お前の兄………「桜木」だっけ?
     もっとも、やつは、ここに(と、自分のシャツの内を
    ちょっと脹らませ、笑った)いるけどね。


涼 :(桜木の話をされて、かなり不愉快げな顔になった。
    が、ぐっとこらえる風にして、目を細め、蔡を見つめる)


蔡 :(黙ったまま、涼が喋らないで自分を見つめるのに、少し、
    鼻白んだ。

     何故だろう、見られていると気付いた瞬間、目を反らして
    しまった。
     が、すぐ、少女が男の直視に羞じらったような雰囲気に
    とられかねないと思い、キュッと悔しげに眉を寄せる。
     ぐいと涼を睨みなおす!)

涼 :(蔡の行動に、さらに怪訝げな顔をして見せたが。
     ゆっくりと、己の服の胸元を指し示してみせる)

     この服も、この印も、お主の………趣味かの。
    私は、このような淫らな服はこれまで袖を通すどころか、
    見たこともないが。


蔡 :(カッと頬を染めて、涼をさらに睨みつけた!)

     し、しゅ………趣味とかそういうものじゃないッ!
    お前がイサクのところにいたときのように、好き勝手に
    出歩けないようにしただけだ!
     お前は僕の虜囚なんだ!
    聞かれたことに答えろッ。
     お前のほうが、質問するな!

涼 ;(目を、さらにさらに細めた。
     そうして、自分の胸をさした指を、そのまま服と胸の
    間にさしこみ、ゆっくりと、服を下ろしてゆく!)

蔡 :(瞳を丸くし、白い肌が光の下にさらされるその寸前に、
    顔を背けると涼へ手をかざし、強くその手を凪ぎ下ろした。

     涼の体がわずかに浮き上がり、瞬間、黒い衣装は、
    白いシャツドレスに変わる。

     蔡、横目でそれを確かめ。
    とてつもなく苛立たしげに、脚で強く床を叩く………!)


涼 :(イサクの寄越したものとも違うドレス。
     目を細めたまま自分の体を包んだそれを眺めて、
    浅い溜息をつく。
     頬杖をついて、大きく足を組むと、投げやりに蔡に尋ねた)

    ………それで、何の話をしておったのじゃったかのぅ。
     『オモテ』がなんじゃとか言っておったかのぅ?

蔡 :(最悪の気分だ。
     眉間をゆっくり親指で押し揉んで、唸るように呟いた)

    この、最ッ低の、最ッ低のアバズレ、女チンピラが………ッ!

涼 :(罵詈雑言だが、どれもほとんど愚痴のようにしか響かない。
     そんな蔡のさまが、少し意外で、少しおかしかった。

    カフェに乗り込んできたときは、もっと、
     無慈悲で冷徹で無神経な大馬鹿者に感じたのだが。

    ………案外に可愛いところがあるような。

     ゆったりと頬杖をついて、何故か、微笑みまじりになる。
    どこかのどかな様子で、蔡を眺めた)

蔡 :(涼の視線に気付いて、ふと、汗ばむような心地になった。

     自分を見ている……しかし何故?

    腹がたっていたはずなのに。
     罵っていたはずなのに。
    急に何を話すつもりだったのか忘れて、視線を
     部屋のあちこちにさまよわせる。

    口を開けたり閉めたりはするけれど、
     声も言葉も出て来ずに、ひどく息が苦しいだけ。

    しばらくたって、とうとう声を出すのを諦め、
     それとともに、長い沈黙が図らずも続いてしまったが
    涼がどのような顔をして自分を見ているかと、
     ひどく迷惑げな顔を作りながらも涼の方を横目で見る)


涼 :(蔡の様子を飽かず眺めていたが。

     蔡が、彼女の方へ、物問いたげに視線を向けてきたのを
    受け、ふと、顎をあげ。

     鷹揚に、頭を左右へ振った)

    喋とった事を忘れたのか?

     おお、気にするな、私は別に苦しゅうないわ。
    お主を変な仕草を見ているだけで面白い。


蔡 :(涼の言葉を聞き終わるやいなや、
     手にしていたノートを床に叩きつけた)

    もうお前は僕の質問の答え以外は喋るな、
   ひとッことも喋るな、金輪際喋るな、必要ないッ!
   わからないンなら、喉焼いて、舌切って、口を縫い止めてやる!

   さぁ、どっちがお好みだッ? それでも無駄口叩きたいか?

   (涼の顔に顔を近づけて怒鳴る。
     涼が白けた顔で目を細めるのに自分もぶんと背を向けて)

   僕の質問にだけ答えるんだ、わかったか!

涼 :(不愉快そうな顔をして、ソファーの上、足をぶらぶらさせてい  たが。
    ややあって、つまらなげに口を開いた。)

    『葛葉神道家』は私の義理の祖父が大宮司をつとめる舘じゃ。
   巫女ばかり配下に百人を擁す。

    容易くはゆきつけん。定位置にない。
   老翁は齢数千歳を越える人妖じゃ。
    狐でも尻尾は9つじゃが、ありゃ、尻にその十倍は尾をつけとる。

   お前ごときが探しても、容易くゆきつけるような場所ではないの。
   まぁ、ためしたいなら、とめやせんが。

    『<オモテ>』はその老翁が後ろ盾を勤める国府じゃ。
   お前も想像しておろうが、その頭は日の本の頭でもある。
    誰にも知られずに存在することが必要なのも、そのせいじゃ。

   世が世なれば、老翁のような古狐も気を遣う。

    兄上は………
   (言いかけて、ふと、言葉を飲みこみ。
     小さな笑みをとともに、甘い視線を自らのつま先に投げた)

    兄上は、私の命の意味じゃ。
     この世でたったひとつの、貴いものじゃ。

蔡  :(さくさくとあまりに簡単にそう話されても。
      そうは想いながらも、ひっかかったのは、
     最後の一言だけ。
      桜木のことを語るときの涼の、愛おしげな様子だけだった。

     一瞬、複雑な表情をしたくせに。
      なにもなかったように、唇のはじを引き上げる)

     ふぅうん? でも、血のつながった兄なんだろ?
      どうしてそんなに特別扱いなんだろうね?
     もしかして禁断の関係?
      日本のご守護たる女が、そんなんでいいわけ!

     (からかうように言って、涼へ顎を突き出した)

涼 :(ムッとしたように蔡を睨み。
      静かだが激しい口調で言い返した)

      兄上は十文字の長(オサ)!
     どのような人間とも、まるで別格ッ。

      私はすべての人間が死に去ろうとも別に痛くも
     痒くもないよ。
      兄上一人、生きて残られるのならばな………ッ!
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2006年11月29日

駆け引き

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7月30日、夜。

 ラボが騒がしいのに、涼が目覚めた事を知る。

扉を開き。
 自分を見上げるその姿に、黙って、腕を胸の前で組んだ。

蔡。
 涼に刻んだ呪の出来を検分する視線は、
モルモットを眺める化学者のそれだ。

 無言のまま、涼に歩みより、その前に膝をついた。

涼を上向かせる。
 その手の思いがけぬ熱に、涼に、軽く目を見開かれた事には、
気付かない………。


上を


 
******************************************************


蔡;(つっけんどんな口調で。
    だが、ただ、やや性急なふうに。
   強く問いかける)

    具合は?

   目眩や吐き気はない?

    少し、ふわふわした感じはするかもしれないけれどね………
   それは呪の性質上、仕様がないと諦めてよ。

   それ以外の不具合があったら、早い目に教えておいて。
    拒否反応が、予想以上に強かったら、
   それこそ命に関わるよ。
    緩和の魔法陣を書いてあげるから。   
    

具合は?


涼;(蔡の言葉を聞き終わらぬうちに、ふいッと、
    顔を蔡から背けた。

   己にかけられた呪がなんであるのか、
    呪については蔡に勝るとも劣らぬ己だ。
   わからぬわけがない。

    が、このような目に遭うことも充分予想できたのに。
   それに思い至らなかった己を罵るように、
    唇に強く歯をたてながら………!)


無理だよ


蔡;(涼が顔を背けたのに、少なからず、
    目を見開いた。

   怒っていないとは、考えがたかっただろうのに、
    思いがけぬ衝撃を受けてしまっている自分に、
   しかし、むしろ、ギュッと表情を頑なにする。

    こちらも唇を一瞬引き結んだが、
   そののち、馬鹿にするように言った)

   言っていたはずだよ。

    僕はイサクほど優しくも甘くもない。

   お前のような女を、なんにもなしの無防備で、
    部屋に入れるわけがないじゃないか。

   正当防衛だと思って欲しいね。
    僕を責めるのはお門違いだ。


何を


涼;(だからといって!

   納得しろという方が無理だ。
    怒った顔のまま。

   蔡とはけして目をあわせぬ方向を睨みつけ続ける。

   蔡へ真っ向怒鳴らぬのは、それは、
    兄の魂を取り戻すためとはいえ、己が、己の選択で
   躍り込んだことだけは間違いないからだ。

   己の策が甘かった。
    それも、これも、イサクを意識しすぎて、
   冷静さを失っていたせいではないか。

    それが痛感されるから、言葉がない………!)


居心地


蔡;(これで、まんまとイサクから手に入れたはずの女だ。

   しかし、その無言。
    直接投げつけられぬ非難が。

   何の前触れもなく、それでいて、ぎりぎりと確かに、
    胸を絞り上げてくるのを感じ、困惑するとともに、
   多いに辟易する。

    その謎の苦しさは、もう、呼吸困難まで感じるほどだ。 

   思わず逃げるように、己も顔を涼から背け、
    何かに怒ってでもいるような怖い顔をして、
   壁に涼を繋いだ手錠を外し、己の腕にはめかえる。

    そうしながら、聞かれもせぬのに、口走っている)


   言っとくけど、
    それに着替えさせたのは、僕じゃないから………!


気遣い?


涼;(蔡の言葉に、目を見開いた。

    どういう意味の言葉か?

   自分の肌に触れぬように気遣ったという事を言いたいのか。
    それとも何か他の意味が?

   問いかけるように見た瞳に、
    蔡が気付いて、自分の方を見たから、
   視線が合う。

   互いに、脳裏を一瞬、真奥から逃れ出た、あの後の、
    機械室での出来事がよぎる)


ずっと


ずっとこうしたいと思っていた



涼;(カッと頬を赤く染め。

    蔡を突き放そうとした。が、逆にその腕をとられる!)


危ないよ!


蔡;(自分を突き放そうとした涼の腕を、
    逆に掴んだ。

   そのまま、己の体へ引き落とすように、抱きとめ、
    本気で焦り、慌てた様子だ。
   我知らず、口調も叱りつけるものに)

   お、おい、自分でわかんないのッ?
    まだ体に力入んないだろ!

    全身のバランスがまったくとれてないんだから、
   貧血を起こして、倒れるよ!   


だが


涼;(確かに、激しい目眩が一気に頭をクラクラッと襲った。

   しかし、それを建て直して、体を離そうとすると、
    自分を抱きとめた蔡の腕の力が
   強くなったから、全身を固くする。

    ………何故、この男は自分を離そうとしない?

   考えた瞬間、
    目の奥がかぁと赤く発熱するような思いにとらわれた。

   慌て、押しのけようと腕を突っ張り、
    体を強ばらせたその動きに合わせたように、
   さらに蔡の腕が、今度こそ勘違いでは許されない強さで
    己を抱き直したではないか。

    その意味は何だ?

     体が急速に熱をもちはじめる。
     今度こそ、本当に目が回りだす。

   支えるように自分を抱く、
    甘い不可思議な植物のような蔡の匂いで、鼻孔が満たされる。

    この男は自分を憎んでいたはずだ。
   殺したがっていたはずだ。
    だが………だが、では、何故いま、殺さない?
   これもまた、手の込んだ意趣返しか?

   混乱に、悲鳴をあげたくなりながら。
    しかし、現実には、呼吸が苦しくなり、
   徐々に膝から力を失っている。
    なぜだか、震えだしそうになる………!)


腕の中に


蔡;(もはやどれほどに己を罵っても。
    腕の力を緩められない。
   逆らわれると、さらに意地のような心地になる。
    どうして、この女が嫌がったといって、
   自分が気を遣ってやらねばならぬ?


    それでも………頬にあたる黒い髪の冷たさが心地よくて。
   触れた肌の感触は、ひどく己自身に対して罪深く思え、
    ごっそりと心臓を取り出されてゆくかのような心地だ。
   リアルに痛くて、顔まで顰めてしまう。


   抱いている理由はないのに、どうしても、その腕をほどけない。
    それが歯がみするほど、本当に悔しいのに。

   胸苦しさが、体中にまわり、悪い毒のように思考を
    痺れさせている。

   その髪の香り。その冷たさに。
    もはや、
   言い訳ができぬほどに早く脈打っている鼓動を、
    けして涼に聞かれるわけにはゆかないはずなのに………!

   ………熱に侵されたように、目を細めた。
    何をしているのだと、
   己に叱咤の叫びを胸の中であげながら。

   その熱に促されるように、少し、
    あれほど手放しがたいと思っていた体を、
   己から遠ざける………!)
   

蔡の


涼;(蔡が、ふと、己の体を離させた。

   互いの手を結んだ手錠の鎖が、重い、金属の滝のような
    異様な音をたてる。

   が、それもよく耳に入らぬのはどうしてだろう。

    何かの糸ででも引かれたように、
   無意識に顔をあげかけて、
    己の頬に、再び蔡の手が触れるのに、
   呼吸が止まるような思いに駆られる。

    どうすれば良いのかわからぬ………!)



キス


背徳




蔡;(唇を離し。
    と、同時に目もそらした。


何を………!


聞いて


    手を涼の頬にあてたまま。

   小さく、やはり怒ったように。
    口の中で呟くように言う。

   心臓をまだ、鼓動早く、うずかせながら………!)


   言ってなかったかもしれないけど。

    ………僕は、手に入れたものにまで、
   無体はしないよ。

    むしろ、大事にするくらい。

   お前がおとなしくしていれば、何も起こらない。
    お前だってそこまで馬鹿じゃないだろ。
   わかるね?
   

何を………!


涼;(振り払うように頭を振って、
    蔡の手を拒んだ。

    が、動けない。
   体中に混乱が駆けめぐっている。
    いまされた口づけの感触が、いつまでも
   体の内側に残る………!

    この男の真意は何なのだ!

   蔡にぐいと腕を掴まれ、そのまま、
    引きずられるように隣の部屋へ。

   これは何かの駆け引きなのか?
    蔡の意図がわからぬ。
   己のとるべき行動もわからぬ。
    顔をしかめるが、どこか力無い、困ったようなものに。)


何を………!


何を………!



蔡;(涼の表情をちらとみて。

    それから、喉に何かつまったかのような、
   苦しげな表情を一瞬浮かべたが。

   すぐに、ふいと突っ張った。
    顎をあげ、何も見なかったように、
   さらにぐいとその腕を強く引く!)

   ほらッ。

    さっさと動いて!
   面倒くさいな………ッ!
    ぐずぐずしてるなら、鳴蛇を呼んで、
   有無を言わさず運ばせるけど、そうされたいのッ?


何を………!



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2006年11月26日

月酔

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7月30日

 時刻はいつとも知れぬ。

蔡の部屋に入って、どれほどの時間が過ぎたのか、
 また、過ぎなかったのか………

 訳もわからず、ただ朦朧とするなかで。

涼の身に、確かに「何か」が起こっている………!


***********************************************

檻



涼;(なんということだ。

    気がつけば、
   身体が幼くなっている。

    いや、幼い頃の夢を見ているのか?
   あたりを見回す。

    不安だけは、紛れもなく今のものだ。
   唇を震わせて。
    己の手を愕然と見つめる………!)



怖い


涼;(真っ青になりながら。

   蔡が自分を部屋に入れた。

    そこまでは覚えている。
   が、そこから先の記憶がまったくない。
    蔡の狡猾な笑顔が、
   脳の奥で明滅する………!)


    あやつ………一体、私に何をしたッ!


  (唸ってのち、数秒を経て。

   ふと、………目を見開き。
    あたりを見回した。
   何があった?

   誰も姿のないことを見極め。
    用心深げな表情に)


幼い


涼; おうよ………。
    そういうお主は何者じゃ?

   えぇ、馬鹿にするでないッ
    私を誰と思うておる!

   なりは小さくなろうとも、日の本が姫巫女、
    『天魔』と呼び慣わされたは伊達でない。

   これしきのことで、けして正気を失うものかや!


  (虚空を睨み付けるように見た。

    が………徐々に、その表情が、
   驚いたようなものへと変わって行く)


お前は?


涼;(怪訝げに、問い返すように)

  新月………?

   新月までの、日を数えてなんになる。
  月が満つる時をまつというならばまだ判るぞ。

   が、新月を待ってなんになる。
  新月に力を持つは、負の魔、のみではないか。
   ただでさえ力を失のうたこの体に、
  追い打ちをかける忌みの日じゃ。

   その日を待つがなンじゃというのじゃ?


違う


涼;(不可思議げに。怪しむように。
    だが、少しだけ………投げかける瞳で。

   唇を、動かす)

   姿を………見せよ。
    己の身を明かさぬものの言うことなど、
   何が信じられようものか。

    私ゃいま、絶体絶命の100乗の100倍じゃ。
   役に立てるというなら、
    即刻役にたってみぃ………!


幼い


涼;(大きく目をしばたかせた。
    頭上を、仰いで………!)

   もう、知っておる?

    私がお前を良く知っておるというのか?

   お前も私を知っておる?
    私が老翁の元に引き取られた折りより?
   いや、それよりも前から?

    私がこの世に産まれ落ちた、そのすべてを………
   お前は知っておるというのか?
    何もかもを見ておったと?


幼い


涼;(目を細め。一瞬、黙った。

    深く思考に沈む瞳が、
   ささくれだった輝きを徐々に放つ)

    では、お主が「ながむし」か?

   兄上より聞いたことがあるぞ。
    兄上につきまとうておった、『声』。
   囁く者。
    禍々しき声………ッ!


幼い


涼;(手の甲に、突然鋭い痛みが走った。

    ギッと奥歯を噛んで。
   が、しかし、痛みを堪えて、笑う………!)

   違うと?
  しかし他に何がおるッ!
   兄上につきまとう邪め。
  私を堕として、兄上を手にするつもりなら、
   無駄じゃ、無駄じゃッ。

  たとえどのような体になろうと、
   私は兄上をお助けするぞ!
  私の持ち得るすべてと引き替えにしてでもな………ッ!


幼い


涼;(手の痛みが耐え難くなってきた。

    と同時に、見る間に、意識が鮮明になってゆく。
   かわりに、体全体が、急に重くなって………!)

   な………ッ?


意識

これは?

悪趣味

呪


涼;(やはり幼い頃に戻ったと思ったのは幻であったようだが、
    そちらの幻のほうが、今の現実より数倍良かった事を
   思い知る。

   己の姿を見。
    体を見。

   それで、すべてを合点した!
    重く、大きく。

   苦恨の呻き声をあげる………!)



正気に


    く………ゥゥッ!

   な、なんという悪趣味な………ッ!

    間違いなくあの男の仕業じゃな。
   この姫巫女に、このような辱めッ!
    し………死んでも死にきれんッ。

   (嘆いたのは一瞬のこと。

    深く深く。
     己の体に刻まれている呪に気づき、目を剥く。
    睨んでそれを肌ごとこそげおとしてしまおうと言わぬばかり。
     凝視しつ、
    これ以上は不可能だろうと思われる程強く、
     歯を噛みしめ。
    怒りに、一気に肌を上気させた………!

     悲鳴のような、声をあげる………!)


   ぬ………ぬかったわ………ッ!

    かえすがえすも………ッ!
   思えばあ奴こそ、
    店を襲撃した「黒の魔導師」ッ!
   わかっていながら、私はぬけぬけと………

    なんという阿呆なのじゃッ!
   くそ、くそッ、畜生がッ!

    妙な夢を見るのも無理からぬ事じゃッ。

   彼奴め、よりにもよって、
    えげつのない呪を私にかけおった………ッ!


くそ!


涼;(それまで見ていた夢のことなど、
    すっかり吹っ飛んだ。

   八つ当たりに、近くにあるものを蹴飛ばそうとするが、
    腕を繋がれ、
   身動きさえとれぬ。

   悔しげに歯がみして、
    体を、罠に囚われた野生の獣のように、
   激しく揺すった。

    ………と、そこにあるとすら気付いていなかった場所の、
   ドアが開く。

    薄暗い部屋に光が射し込む。

   無論、扉を開いたその男は………!)


お前か!


*
ニックネーム オートマタ・ファクトリー at 02:03| 蔡居室

2006年11月23日

跫音(あしおと)

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7月30日 朝 イサク居室。

 蔡らと別れたあと、目的もなく船内を歩き回っていたイサク。
最後にいきついた遊戯室で、随分長い間、ビリヤードをし続け、
 明け方すぎに部屋に戻る。

 お気に入りの椅子へ体を預けた。
その時には、余計な事は考えなくても良い程度には
 遊戯室で飲んだ酒も手伝い、疲れ切っているつもりだったが。

 それでも………

ブルー

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イサク;(誰もいない部屋であるのに。

      何かの声を聞いてるように、小さく相槌をうったり、
     眉間の皺を深くして頚を振ったり。

      やがて………くつくつと。
     失笑の気配で、肩を揺らしはじめる)


      してやられた?
     よかろう。
      それは認めるさ。

     だが、お前の口車にはもう乗らんよ。

      夜中にサングラスをはめるような羽目になるのは、
     もう御免だ。
      つまらん。
     お前のせいで、良いネタにされた。


つまらん。


イサク;(左の眼の前で、手をひらひらさせる)

      …………そうは言うがな。
     あの人は、自分が真奥から戻ったのは、
      誰の手助けによるものかなぞ、
     気付いてはおるまいよ。

      気付いていたならば、顔に出る。
     あの人はそういうところ、実にわかりやすい。

     (また、失笑して。その後、誰でもない、己に呆れた風に。
       唇の片端をあげながら、身を起こす)

      あの人を苦労して国からさらいだして、
     これまでなかった自由を与えようとしているのは、私だ。

      世になんのつてもないあの人が、この世界で
     生きていけるようお膳立てしようと骨を折っているのも、
      この私だ。

     この船であの人を唯一、本気で護ろうとしているのも
      私なら、
     何があの人の為になるのかをもっとも考えているのも、
      また間違いなく私なのだが………

     不毛だな。
      こうまで虐げられると、いっそ小気味いい。
     馬鹿馬鹿しくもやめられん、もはや、親心という域に
      達して来た気がするよ。


サングラスの下


イサク;(サングラスをはずす。
      その手に、激しい震え。

     が………笑みは絶やさず。
      イサク、掌で、左の瞳を覆う。)


闇帝


イサク; お前を………。
    あの人は、倒し、その身に封じ、自在に操っていたのだろう?
     たった4歳の、幼児の頃から?

    あらためて敬服を禁じ得んね!

    (言ってから、わざとらしく、今気付いたふりで)

     あぁ、そうか。

    それゆえに、か。
     お前はあの人を畏れるのだな。闇帝。

     あの人なら、お前を完全に滅することも不可能ではない。
    お前は私の「手」で、逆にあの人を滅する機会を伺っている。
     だから、先ほどからあれほどに私をたきつけるのだな。

    ご苦労なことだ。
     もう、充分に生きたのだろうに、これから先の時間に
    何を求めるのか、私にはその執着は理解できんがね。 


弱味


イサク;(そっと左目から手を離す。
      現れるのは、右のそれと変わらぬ、澄んだ
     紫水晶にも似た色の瞳だが。

      少し、驚いたような顔を、己でしてから。
     その後、
      妖しく陶然と微笑んだのはどうしてなのだろう……!)

    恐ろしいのはお前も同じか………!
     聞きたくないことを聞かせた仕返しにしては、
    これはまた、なんという甘美な幻を見せる?

    ………あぁ。
     いつ否定したかね。

    まぁ、とどのつまりはそういう事だ。
     私はそういう事を飽くまであの人としたい訳だが。

    どういう神経だ?
     つい最近まで宿借りしていた体を、そのように
    男に扱わせてみせるというのは。

     ただ、憎しみだけで、そこまで出来るものかね。
    重ね重ね、魔というのは理解できんものだな………!


陶然


イサク;(瞳の中で。
      宿る魔は、彼に何と返答したのか?

     ただ、楽しむ顔で。
      彼以外の誰にも見えぬ景色を検分するかのように、
     目をゆったりと細め、くすくすと笑いだし。
      鷹揚に頚を傾ける)

     素晴らしい。
      お前とは、気があいそうだ、闇帝。
     私の好みと望みを良く解っている。

      それとも、私の中を覗いて、それを忠実に再現して
     いるだけなのか?
      もしそうなら、お前の方が良く私について判っていると
     言ってもいいかもしれん。

      私はそこまで淫らな事まで考えていたかね。
     それは、あの人にそのような姿をさせられたなら、
      それはそれだけで充分、愉しかろう。

     あの人は難解で、征服しがたい。
      だからこそ、それを成し得た時には、それは、
     この身も震えるほど心地よかろうさ。
      私が手に入れたいと思っているものは、
     すべてだ。
      あの人の身体だけでもなければ、心だけでもない。

     あの人を構成する、そのすべてを私のものにしたい。

      そして、そのように欲したなら、そうなる。
     お前がいようといまいと、そのことにはなんの関係もない。
      私が欲したものは、必ず私の手に入るのだよ。



     (幻に飽いたように。
       己の手をあげ。

      それを見つめながら、
       瞳に深い闇を溜める………!)       


神の手



     望むものは、必ず手に入る。
      残念ながら、そのように産まれついているものでね……!



さてね



イサク;(言ってから。

      ふと、虚無的な表情がその表を通り過ぎる。
     ぽっかりと何かが空いたような、
      そんな表情で。

     虚空を眺める)

      ………そのとおりだ。
     闇帝。
      私にも弱点はある。

     手に入れた後だ。
      望むものを手に入れようとして、苦労しているうちは
     なんら辛くなどないさ。

      本当に苦しいのは、
     手に入れた後だ。
      祭の後の静けさ。

     お前にはわかるまいね。
      その虚無感が………!

     私がただひとつ、畏れるのはそれだよ。

      しかし………今度こそは、違うはず。
     あの人こそ、私に選ばれた者。
      私のためのものだ。


蔡の手になど負えはせん。
       すぐに音をあげることになるさ。


     なァ。そうは、思わないかね?
     (少し待ち。
       返答に、満足げにニッコリとする)

      ………ふむ。

     そう思うなら、それで。
      自分がすべきこともわかっているだろう。
     どうかね? ンん?
      

さてね



*
ニックネーム オートマタ・ファクトリー at 08:28| イサク居室

2006年11月10日

迷惑な客

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 7月30日 明方

 ヨハネ。
長い間ヘリポートで待ちぼうけを喰ったうえ、
 何をしていたか知らないが、
謝罪もなく、たっぷり遅れて現れた蔡に命じられ、
蔡の所属する組織のアジア統括本部(<タオ(道)>と呼ばれる)から
補充された船の修理用機材を積みおろしたり、運んだりする羽目に。

 終わった頃には、結局、空は白みはじめている。

疲労感で目はもはや三角だ。

 が、文句を言う時間も惜しい。
ぐったりなって、ただ眠りたい一心である。
 部屋へ戻る足取りは、小走りにも匹敵しよう。

が…………

 自分の後ろを、ごく当然のように蔡がついてくるのに、
徐々に目尻を吊り上げる。

 心の底から真剣に、強引に部屋の扉を閉めようとして、
それを遮るように蔡が扉を押さえ、
 己を見上げて言った言葉に、眉間の皺をキリマンジャロも
恐れ入るくらい険しくした。

 予感どおりではあったが、これまた、言う事を聞いてくれるのが
当たり前と言わぬばかりのそのさまが腹立たしいのだ………!

 それまでこきつかっておいて、その礼もなく、
「入れてよ」、ただ一言は、なかろう、「入れてよ」、一言は!

 ………ヨハネ。

 機嫌はまさしく最悪なのではあるが、何故だか、それでも黙って、
蔡に道をあけてしまう、己の方にも実は問題があるはずだ。

 これまた当然のように、彼の服を勝手にチョイスして。
さっさとシャワーを浴びにいく蔡をもはや睨む気力もなく。

 仏頂面で、ソファーにいぎたなく身を投げる………!



二人



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風呂なら


ヨハネ;
     オレのほうが汗だくなんだぞッ?

    指示出すばっかで、
     なんにも運ばなかったくせによ………!

    (小声でぶつぶつと。
      シャワーの音にかき消されるか消えないかという
     しかし、かなり不満げな声音だ。
      続けて、乱暴に椅子の手すりを蹴った。
     エレキギターを片手に抱えていたこともあり、
      かなり激しい音がする。)


蔡;  (音に気付いた。
      ヨハネが不機嫌なことならわかっていないはずもない
     だろうのに。
      しれっとした口調で、風呂の中から問いかける)


    何。ヨハネ?

     何か言った?


ヨハネ;(言われなくても判れよ!
     唇を引き歪めて、無視する。


     が、無視すると、そこで話が終わってしまった。

      ………ますます顔を苦くして。
     黙って水音に目を三角にし続ける………!)



お前な



蔡;(上機嫌で、風呂から上がってきた。

  ヨハネの顔に、ちらりと視線を遭わせたが。

   すぐに、怒られてるなんて思ってナイよ、というような
  顔をして、ひょいと肩をすくめる。
   あまつさえ、
  そのまま何事もないかのように、ヨハネの傍らへ。)

  なァ、何か飲むものないの?
   喉がかわいちゃったよ!


何?



ヨハネ;(ぎろり、というのがぴったりくる視線。
      すぐ脇にまで来た蔡から目を背け、
     絨毯の上に叩きつけるように吐き捨てる)

  部屋帰って飲みゃいいだろ。
   お前には、
  黒猿(ヘイエン)だって鳴蛇(メイシィ)だっているじゃねぇか。 
   あいつらならすぐになんだって用意してくれるんだろ?
  さっさと帰れよ。
   オレは、もう、眠いんだッ!


何?



蔡;(ヨハネの言葉に、数秒無言で、目を細めた。

    何事か推し量りがたい、間の後。
   ぽつりと、答える)

    あいつらはいま、仕事中だ。
   女をひんむいたり、なにやかやで、忙しい。


仕事中


ヨハネ;(仕事?

    いぶかぶるような目をして蔡を振り返り、
     彼の脇、椅子の手すりにドッと腰を下ろしたその腕や
    手に、妙な刺青が入っているのに、
     目をすがめる)


蔡; (ヨハネが自分の肩や手に施した呪を見ているのに、
     肩を少しひきあげて笑いながら
    蛇のような計算だかい表情に。

     するりと腰を滑らせて、ヨハネの横、
    クッションの間の席を奪った)


    ………僕の部屋をね。いま、「檻」に作り替えさせてる。
     あの女が、どんな手を使っても逃げられないようにね。

    これは(手の甲の呪を見せ)鍵。
     僕以外の者は、あの部屋には入れない。

    安心してよ、ヨハネ。
     これで僕たちは、あの女がイサクの部屋を出るたびに、
    血相変えて探さなくて済むようになった………!

     願わくばこれを、<Ark>がこんな事になる前に
    済ませておきたかったものだけれどね。



何?



ヨハネ;(蔡の言葉に、徐々に目を見開いてゆく。

      信じられぬという風に。
     しばしのち、息を吐き、唸った)


    ………兄さんが、あの女を手放したのか?
     まだ、モノにもしてないのに?

    (言ってから、蔡がつまらなそうな顔をして、
     自分の方を向かないのに、目線を鋭くする)

    まさか、お前………

    (蔡が完全にしらばっくれる顔で、
      手すりに上半身をもたせかけた。
     それで悟って、思わず声を荒げる!)



馬鹿か!



    ば………馬鹿かッ、お前………ッ!

     兄さんが、自分の所有物に触られるのをどんなに    
    嫌がるか、知らないお前じゃないだろうにッ!


     それが女なら尚更だぞッ?

    一見、無頓着そうに見えて、あの人は、実際、
     所有欲の固まりなんだから!

    その発揮される幅が、極めて狭いだけでさ。
     あの人が怒ったら、オレじゃどうしたって
    止められねぇからな?

     わかってンのかよ、もう………ッ!

    頭いいんだろ?
     それなのに、どうしてそんな事になるんだよ。

     よりにもよって、兄さんがこれからモノにしようとしていた女を、
   「殺す」んじゃなくて、「奪った」わけかッ?

     おいッ!
    い、一体、何考えてんだよ。
     オレにはまったく理解できないぜッ?



フン


フン



蔡;(フン、という風に、軽く鼻を鳴らし、
    つまらなげに目を細めた。

   小声で、呟く。)


    お前もあの女も、過大評価しすぎだよ。
   イサクをそんなに怖がる必要が、どこにある。

    あいつはそんな傑物かい?

   僕より勝る?

    じゃあ、あいつが成し遂げてきた事をあげてごらんよ。
   落とした女の数以外に、何かあるなら教えて欲しいもんだ。


   (ヨハネをちらりと、横目に見て)


    どんなことも叶える…………『神の手』。

    イサクとまったく同じ顔のお前だって、
   ほら、そこに。神さまは均等に双子に同じものを
    お与え下さったんだろう?

   なのに、何故、いつもそうなのさ?
    絶対にイサクの影から出ようとはしない。


   ヨハネ。


    だからいつもイサクに馬鹿にされるンだ。
   悔しいなって思うことないの?
    戦えば、絶対にお前の方が上なのに。



オレは



ヨハネ;(蔡の言葉に、一瞬、目を丸くした。

      言い淀む。

     が、何か喉に詰まったような顔をして、
      口を微かに動かしていたが。

      やがて、小さく、頚を横に振った。)


      オレは、一生かかったって、兄さんのようには、
     なれない。
      なれなくていい。

      なりたくもない。

      兄さんは………、
     もう随分前に、一線を越えちまってる。
      だから「ああ」なったンだとも言っていい。

     いろんなものに無感動で。
      いろんなものに無関心で。

     だけじゃない………
      「欠けた」ンだ。
     大きく、どこかで。

     もう、なみの刺激じゃ心が動かない。
      多分、オレが死んでも、表情ひとつ変えないだろうさ。


     あの人見てると、オレは時々いたたまれなくなる。

      もし………産まれたのが、オレの方が早かったら。
     きっと、オレがああなってた。

      あの人はどこにいても、真っ暗な道を歩む王だ。
     孤独の王だ。

      オレは………



怖くないよ



蔡;(ヨハネの声を聞きながら。
    視線を、淀ませる。)



    怖くないよ。
   お前は知らないから、そう思うだけだ。

    ただ、ちょっと息苦しいだけさ。
   なんでも掴めそうなのに、何一つ、意味のあるものは掴めない。
    生ぬるい水飴の中をただ、なんだか、
   もがいてるばかりみたいで、退屈で、もどかしくてさ………!


    
これは?



ヨハネ;(蔡の言葉に、己も息苦しくなったような顔をした。

      再び蔡を見下ろして。

     そこでふと………頚を傾げる)


      ………蔡?
     おまえ、いつからクリスチャンになった。



これは?


これは?



蔡;(微笑んで。

    ヨハネの手をそっと押さえ、その掌から、
   ロザリオを滑り落とさせた。

    後は眠そうに。
   欠伸まじりに、口の中で唱える………)


   触らないで。

    これは、これから、
   僕の檻に閉じこめた迷惑な客を手なづける、
    大事な切り札の1つなンだから………!

 

おいッ!



ヨハネ;(大きく顔をしかめた。

     兄から女を奪ったところからすべて、
    これからの思惑も、なにもかも。

    ちゃんと全部話せよと、
     その背を信じがたいような思いで睨むが、
    もう眠りたそうな蔡は、まつげを半ば、おろしかけている。

     重たい息を1つ吐いて。
    髪を掻き上げ、身を捻った。


    蔡が目が醒めた後の<Ark>で、これから何が起こるのか。
     考えるとこちらの眠気がとんでしまった感じだ。


    疲れだけはごっそり体に残っているだけに。
     歯をぎちぎち鳴らして、憎々しげに唸る………!)


    くそ………迷惑な客はどっちだよ………ッ!

     おいッ、そんなとこで寝ちゃ、風邪ひくぞ!

    せめてなんかもう少し着ろよ。
     おい、蔡ッ?

    ………蔡ッ!


    (苦々しげに叫んで、目をすがめ、立ち上がった。

      しかし、その瞳に、僅かに浮かぶ苛立ちは、
    その場にいない存在へと焦点を結ぶ………!)


    ………あの女………あいつが疫病神なんだ。


     あの女さえいなけりゃ、何も変わりゃしないのに。
    この船も。
     蔡も、兄さんも。


    あの女が………ッ!



苦労性



*
ニックネーム オートマタ・ファクトリー at 04:22| ヨハネ居室

2006年11月03日

うそとまことと(其の二)

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 涼を手にいれ、さらに、イサクへと追い打ちをかける蔡。

 イサクと涼。
互いだけではけして光をあてなかった部分に俄に焦点が
 集まる。

 互いに何を求めれば良いのか、誰にも、わからぬ。
そんな沈黙が流れる………!)

涼と蔡

イサク

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イサク;(視線には気付いているのだろうに。
 涼を見ず、また、思考さえまったく気取らせない。

  ただ、唇のはじを僅かにあげ。
 失笑する気配のみ、漂わせた。)


  ………何を言いたいのか、さっぱりわからんな、蔡。
 真奥に吸い込まれて、自慢の脳も裏返ったか。

  それとも………望みの美女を私から奪った喜びで、
 湧いてでもしまったかな

  わざわざ今、そんなことをその方に聞かせる必要は
 あるまい。
  お前の言いたい事なら、誰より、この方自身がご存知だ。

  私がどのくらい女に節操のないかと言うことも、
 嘘など平気でつくことも、ろくでなしであることも。
  だからこそ、どれだけ口説いても、
 指一本、触れさせていただけなかった。


涼の動揺


涼;(自分に話しかけられたわけではないのに。

  びくッとしてしまった。

   イサクの声が何故だろう、いまは、
  耳に入るのも嫌だ!  
   両手で耳を塞いで、叫びだしたい。

   それを蔡にもイサクにも知られたくないから。

  身をこわばらせて、その場で待つ………!)


蔡;(イサクの返事に、腕に抱いた女の体が、
    強ばってゆくのがわかるから。

   自分が撒いた種のくせに、どこか、苛立ちめいた思いが
    胸の内側から鎖骨まで持ち上げる。

   思わず、強く。
    女の体を自分に押しつけて。
   イサクを睨み返している)


内圧


イサク;(涼の視線が自分から反れ、
    蔡が涼を自分から見えなくするように、
     少し後ろへ庇った。

    瞬間に、自分でも思いがけず。

     激しい痛みのようなものに胸を刺される。

    正体のわからぬ痛みだ。
     これまで感じたことのない種類の痛みだ。

    思わず動揺しそうになった。
     それを、隠し仰せたかどうか………!

    蔡の腕に黙っておさまっている。
     涼から己も知らず、目を反らしている。
    笑みは、しかし顔から絶やさず)

     おやおや、だな………残念だが、蔡。
    これでは私は負けを認めぬわけにはゆくまい。

    これからお前がこの方になにをしようと、
     私は一切口出しをしない。

    賭けの約定は、それで良かったな。


約定



    (蔡が何を今さら、という風に、
      小さく頚を縦に振る。

     涼の横顔が何か感情を示さぬかと
      思わず伺っている自分に小さな叱咤の声を
     胸の内であげつ。

     涼がさらに蔡に寄り添った気がした。


      また、無意識のうちに、
     心臓に匕首をつきつけられたように、ぎくりとなる。


      そのような気がしただけで、実際にそうであった
     訳ではないのは、自分でもすぐにわかったが。

      ………目が見せたがる自虐に、
     思いきり嘲りを浮かべ。
      さらに、それをこれまでで一番深い笑みに変えた)


仕返し



     では、賭けの負けついでに、ひとつ、
    お前が飛び上がって喜びそうな事を、
     教えておくとしようか。

     お前はその人が、どのような方なのか、
    まだ知るまい?
     その人を知るということについては、
    私の方が一日の長がある。
     賭けにはお前が勝ったのだから、
    そのくらいの余得はあってもよかろうさ。
   

蔡;(警戒は解かぬ。
    が、何を言いたいのかと、
   イサクへ目を向け直した)


イサク;(蔡を正面から見た。

    再度。
     真正面から、双方一歩もひかぬ視線……!)



対峙1



対峙2




    ………蔡。

     その方は、お前が求めてやまぬ。
    すべての問いの答えを在る場所をご存知だ。
    

    真理の極限。

     その、聖なる記憶のいずる場所を。


あ!




蔡;(雷にでも打たれたように。

    目を見開き、唇を引き結んだ。


   そうだった………!

   そういえば、
    以前、直接この女の口から、己の耳で、
   聞いたことがあったではないか!

    すべての真理の生ずる場所。
   世界の謎の答えがそこにはある。
    孔子が、いや、この世に産まれ死んだありとあらゆる聖人が、
   求め、求めてやまなかった聖地。

   その場所を………この女は知っていると。

    あまつさえ、行ったことがあり、
   騙されてイサクをいざなったことさえあると!

    その時は半信半疑だったが、
   イサクまでもが同じ事を口にすると言うことは、
    それは偽りではなかったのかもしれぬ。

    それは、彼が求めるその通りの地ではなかったとしても。
   おそらくはそれに近しい場所であることは、
    疑いない………!

   そのような女が手に入ったのだ。
    自ずと、体がさらに熱くなる。


涼と蔡


涼と蔡



   思えば、あの奇襲でこの女と戦ってから、
    不思議とおかしな「感覚」がついてまわった。


涼と蔡

涼と蔡


   この得体の知れぬ確信に満ちた黒い眼が。
    強い輝きを放つ黒い髪が。
   内側から何かの力で発光するかのごとき、
    人間離れした「白さ」が。


涼と蔡

涼と蔡



   何度も意味なくフラッシュバックしては、
    自分を戸惑わせた。


涼と蔡

涼と蔡



   そのわけは、これであったのかと、
    得心がいった気持ちになる。


   しかし………翻って、わからぬ。

    イサクとて、この女に執着していたはずだ。
   それが賭けにまけたからといって、

    わざわざ自分がさらに女を手放したがらなくなるような
   話をして聞かせるとは。

    ………何だ? その真意は。

   警戒をもはや押し隠さず。
    怪しむ顔で、イサクを見返す………!)



イサク;(獲物が罠にかかった。

    そう言いたげな顔だ。

     もはや言うまではないだろうがとでも言う風に。
    同情さえ含んだ声音で、優しく、付け足す)

    それもこれも、まァ、この人の体が穢れないものだから、
   という点に帰するのだろうがな、蔡。



蔡;(イサクの意図を、その一言で読みとった!

    見る間に赤くなり、そして、色を失う……!)


イサク;(まさしく、今度は、してやったりという顔だ。
     微笑みながら続ける)


策


     うむ?
    何を蒼くなっている。

     お前はこの人に、男として興味があるのではないのだろう?
    ならば、何の問題もないことだ。
     違うかね?

    (サングラスの下から、少し、目をのぞかせた。

     厳しく、冷たい菫色の双眸が、蔡を射る………!)


涼と蔡


    どのような手をつかったのかは知らんが、
     この人を動かした。
    そのことには、敬意を表そう。
     だが、それだけだ………!

     お前の手にしばらく預けるとしても、
    お前には、何もできはせん。その人の心を変えるには、
     何度も言うようだが、お前では役不足だ。
    けして、お前の手には負えん。

     何故なら………
    その人は私のために、
     閉じた形で用意されたのだから。

    その人を開くのは私の役割だ。
     その身も、心も。
    すべて、最後には私のもとへ戻る。

     <根源>なぞお前にくれてやってもいい。
    だが、蔡………

     いいな。
    いついかなるときも、
     その人が、私のものであるのだということを、忘れるな。


忘れるな

*
ニックネーム オートマタ・ファクトリー at 02:54| 廊下

2006年10月30日

うそとまことと(其の一)

****************************************************

 蔡にとらわれた兄の魂を取り戻すため、
蔡の元へ飛び込む決意をした涼。

 涼を手に入れたと思い、喜び勇む蔡。

そして、涼が何故、突然、蔡のもとへゆくことになったか、
知る由もないイサク。

 動力を失い、逃げ場のない豪華な洋上の牢獄と化した
<Ark>の中で。

 三人、三つ巴となる………!

三つどもえ


******************************************************


イサク;(暑さのせいだろう。上着を脱いでいるのはわかる。
    この男は、おおよそ、女以外のことにはまったく無頓着だ。

     しかし、ほぼ日もくれたのに、どうして、
    船内でサングラスなぞかけているのか………

     それ以外は、別に普段と変わらぬ様子で、
    親友であるはずの男の顔を見返した。)


(写真の名前)


    ≪タオ≫から通信が入っている。
     もうすぐヘリが到着するようだ。

    <Ark>修繕の機材だろう?
     お前でなければわからん。
    デッキへあがれ。
     ヘリポートで、
    ヨハネが先に用意をして待っている。


蔡;(己が片腕に抱いた、涼の姿は見えているだろうのに、
    一言もそのことには触れようとしない。

   イサクに、ふんと鼻を鳴らし)

    待たせておけばいいんだ。
   いい年して、あの連中、
    どうせ僕の指示がないと、
   腕のあげおろしもしやしない。
    

  (顎をあげ。
    イサクをじろじろと睨めまわし。

   意地の悪い笑みを浮かべてから、
    涼へ訳知り顔に何度も頷いてみせる)

   ご覧!

    お前が僕を選んだことが、余程、
   腹に据えかねてるようだねェ!
    あの黒眼鏡。
    とったら、凄い目つきをしてるから、
   あんなものをかけないといけないと見えるッ!


挑発


涼;(イサクを見ることなど出来ようものか。

    頚をねじり、顔を背ける。
   唇でも噛みしめたい気分だ。
    どうしてこういう茶番に巻き込まれなければならぬのか……!

   できることならば、横の男をはり倒し、前の男を蹴り飛ばして、
    このまま海へ飛び出し、泳いででも日本へ帰りたい!)


イサク;(蔡は己の悔しがった顔がどうしても見たいと見える。

     挑発の言葉には、意図が知れているぞと言わぬばかりの
     嘲笑を浮かべ。

     聞かぬ風で、言葉を継いだ)

    ここにいても、遊んでいるだけだろう。
     お前にしかできん仕事だと言っているんだ。

    ヨハネに甘えるのもいい加減にしろ。
     ご託を並べていないで、さっさと行け。 
    役に立たないというのなら、船から放りだす。


かわす


蔡;(プライドが高いのはイサクも同じなのだろうが、
    沸点はこちらのほうがはるかに低いようだ!

   イサクの言葉に、見る間にカッと瞳を燃やした。
    頬を染めて、返す言葉は怒鳴っているような大声!)

    放りだすッ!

   この僕を?

   <Ark>はどうするのさ。
    自分たちで修理する?

   それならどうぞご勝手に。

    僕がいなくちゃ、お前たちなんか、すぐに
   海の藻屑だ。てんでわかってないんじゃない?

    それとも、来たヘリで帰ろうか?
   マダムに泣きついたらいいよ。
    マダムの仲裁なら、戻ってきてやらないこともない。
   せいぜい自分がどれだけ馬鹿か、嘆いてみせたらいいんだ。
    マダムなら喜んでお前の頭を抱いてくれるだろうからさ!

    さぁて………?
   じゃ、僕は、それまで、
    国でゆっくり静養させてもらうとしようかな。
   (涼をちらりと見て、唇の端を引き上げて)
    葛葉の姫君。日本の霊的要。
   比類ない楽しい研究素材も、手に入ったしね………!


涼;(………マダム?
    その響きが、耳の中に変に残った。

   揶揄するような、蔡の言葉のニュアンスも、だ。

    イサクとどのような関係にある存在なのか。
   そのような事を考える場面ではないのに、
    胸の中に墨をおとされたような気分になる)


マダムという名


イサク;(かすかにだが、眉間を寄せた。

     さすがに少し苛立ったらしい。
    サングラスを少しずらし、
     険のある視線を蔡へ投げる)

     帰りたければ帰れ。
    別に止めはせん。
     仕事を放りだして国に戻ったお前を、
    マダムが許してこれまでどおり援助すると思うなら、
     そうしたらどうだ?

    私は一向にかまわんよ。

    (そのまま、一瞬だけ、涼を見た。
      気がかりげな。
     物問いたげな。
      そして哀しげでさえある………無言の、一瞥)


一瞥


蔡;(何が腹が立つといって、この男の、
    常に人の上にたったような物言いが気に喰わぬ!

   食らいつきそうな目つきを一瞬して。
    それから、それを大きく歪めて、笑みにする。
   涼に向かって、さらに大きな声をあげた)


意地


    もう良いよね。
   賭けは僕が勝ったんだから、教えてあげる!

    あいつはさ。
   お前が僕とあいつ、どちらを選ぶかで、
    僕と賭けをしていただんだよ!

   お前が僕を選ぶわけはないとね。

   あいつは優しかった?

    でも、真相は、いま申し上げたとおりッ!

   お前は、いわば、遊びのご褒美。
    賭けの対象。
   なつかせるために、大事にされてたってわけ!
    どう、ちょっとは目が醒めた?
   本当に惚れてる女を賭けの対象にする奴がいると思う?
    
   どんなに否定しても、ホントはその気になってたんじゃない?
    泣きたきゃいま、泣いていいよ!
   ン? 殴りたいなら、鳴蛇たちを貸そうか?

    無理もないよ………!
   誰だってそうなる。
    何人の女と、こいつが寝たか知ってる?
   それこそ星の数、砂の数だ!
   
    所詮、ごっこ遊びなんだよ。
   あいつは、別に女なんて本当はなんとも思ってないんだ。

    ただ、自分を評価してくれる対象として、
   白くて良い匂いがする甘い肉が必要なだけ!
    それも、のべつまくなしにね。
   それが切れたら生きてゆけない。
    間違いなく病気なんだよ。
   ここの(胸に手をあて、もったいぶった悲痛な表情をしてみせた)ね!

   お前が僕を選んだのはいわば、正解だったンだ。
  すぐにわかる。
   僕の真価を理解できれば、すぐにね………!


ほんとうのこと


   いいかい?
    もしあいつを選んでいたら、この船が目的地に着く頃には、
   お前はお前じゃなくなってた。

   その気高い魂も、なにもかも消されて、あるのは、
    ただ、女のとしてこの男に愛されたいと思う心だけだ。
   そして、そうなったら最後、こいつの興味は、
    お前から消える。
   かくして、お前は使い捨てのおしぼりみたいに、
    マダムに引き渡されておしまい、だ。

   そうならなくってさ。
    本ッ当に良かったねぇ………!



ほんとうのこと



涼;(どんな答えを期待しているのか、己でもわからぬ。
    しかし、イサクを見てしまっている。

   場を圧するのは、無言。
    熱と重量さえ感じる、深い沈黙………!)



答えは………?


*
ニックネーム オートマタ・ファクトリー at 06:03| 廊下

2006年10月28日

譲渡

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7月29日 夜
 日は海に落ちたが、まだ、空は幾分赤い。


 蔡。
気をとりなおして、非常用回線を利用して、
 簡易システムを立ち上げてきた。

 試験がてらに、
まず、最初にしたことは、入浴だったというのは、
 そうとう船の暑さに辟易していたとみえる。

 システムが不満なく作動することを確認すると同時に、
すっきりして、いつものスタイルに着替え、
 これからまず何に手をつけるかの考えをまとめるためにも、
少し船内を散歩しようとして、
 自分の部屋から一番近い談話室をふと覗き、目を見開く。

そこに………


宵待ち


*************************************************************


蔡;(一瞬、本気で誰だか判らなかった。
    船の幽霊でも出たかと思ったのだ。

   が、見直して、それが涼であることを認めると、
    思わず体が内側から少し脹らんだような気持ちになった。
   不可思議だが、
    予感に………唇の端が緩みそうになる。

   それを押さえるのに、おかしな苦労を強いられながら)


   …………なんだよ。
    その恰好?
   まるで仮装大会じゃないか。

    僕のところに来るのに、
   わざわざそんなにめかし込んでくる必要はなかったンだよ。

   
嬉しい驚き



涼;(不機嫌な顔で、黙って蔡を睨みつける)


蔡;(睨まれても、いっかな、平気!
    どうしてもニヤついてしまう。

   涼のすぐ側まで歩んで。
    目を細めて笑った)


   ここにいるって事は、イサクにちゃんと話したって事だね?
    僕のところに来ると。

   ちゃんと約束、護ってくれて嬉しいよ。

    正直、僕も今か今かと待っていたんだ。
   もしかしたら、来てくれないんじゃないかとさえ思って、
    ほんと、やきもきしたよ。





涼;(俯いたまま。
    蔡の言葉に、少しだけ、複雑な色がその瞳をよぎる。

   僅かにあげた目線を、とらえられ、ビクッとした)


蔡;(勝ち誇ったように、
    涼の体をぐいと抱く!
   からかうような、子どもじみた声をあげた)

    気持ちが決まったようで、良ォかったッと!

   まァ?
    もっとも、お前に選択肢なんて、最初からないか。

   ねぇ? こうなるように、なってたンだと思わない?

    あのカフェでお前の白さを見たときから向こう、
   僕がこの日をどれだけ待ったことか………ッ。


   すべて運命、なんて陳腐な熟語でまとめてしまうほど
    僕は横着者ではないけれどね。

   鳴蛇を手に入れた時以上だよ。


   最ッ高の気分だ………ッ!


   (内側から来る何かに、震えるように、
     肩をすぼめ。
    目を伏せ気味に。
     酷薄な笑みを浮かべ、遠くへ視線を流す………!)


   ………見たかったよ。
   お前が僕のところに来ると言った時の、イサクの顔。
    さぞやいい顔をしてたンだろうねェ………!







涼;(蔡の腕を振り払おうとして、しかし、
    談話室の入り口あたりを見て、表情を凍らせる。)







蔡;(涼の視線を手繰って振り向き、
    ふと、やはり身を固め。

   しかし………ジッと、相手をまっすぐに見返した。
    入り口に………イサク。)






*
ニックネーム オートマタ・ファクトリー at 09:08| 廊下

2006年09月04日

選択

***************************************************************

 イサクと蔡。
二人のプライドの賭けの対象に自分がなっていることなど、
 知る由もない。

 ただ、なんだか非常に複雑な立場におかれている感じだけは
しているのだ。
 こういう立場の複雑さは、いささか
荷が重いというより、荷が違う。

 いつもの涼らしくもなく、
次にとるべき行動の、答えが見つけだせないでいる。

 何を迷っているのか、それすら判らぬ風の、涼に、
イサクが与えたもの。

 それが、さらに涼の混乱を深くする………!

****************************************************************

涼;(右へすがしてみたり。

   左へすがしてみたり。
  裾をひらめかせてみたり。
   肩をすぼめてみたり。

  ややあって、うわごとのように、
   熱い吐息とともに、呟いた………!)



ドレス!


  き。き。
   キレイじゃあ………ッ!


イサク:(もう少し突っ張るかと思ったが、
      思いの外、というより、意外なくらい、
     素直に喜んだ。

      ある意味、無防備というか。
     邪気がないというか。
      いや、足らぬのはきっと緊迫感なのだろうが。

     こちらは腹に一物も二物もある身である。
      ここは、ふんわり、笑ってみせる)

   ドレスが?

    それとも、貴女が?


涼:(かッと、耳まで赤くなった。

    無邪気にはしゃいでいた自分にハッとなる。
   肩に触れられかけた手を、思いきり振り払ッた)


   え………えぇいッ、決まっとろうが。

    両方じゃッ!



触るな!



イサク:(まァ、ぬけぬけと。

    思わず、本気の苦笑が漏れる)


   よくご自分をわかっていらっしゃる。
    正直、わたしもそこまでお似合いになるとは、
   思いませんでしたよ。

    …………少しこちらを向いて。
   良く見せてください。



懐柔策



涼:(見せろと言われれば………。

    ここにいるのはイサクしかいないし、
   自分のこの姿をさすがに誰かに褒めてもらいたいが、
    そうなるとその対象もイサクしかない。

   やはりそこは女と生まれた性といおうか………
    キレイな恰好をすれば、見て欲しいものなのだ。
   ここは日頃のことは、ちょっと脇へとさしおいて、と、
    イサクへこれまた素直に少しだけ、体を向けてみせる)



イサク:(これまた意外にも素直!

    ドレスの力が偉大なのか、それとも、
     甘く見られているのか。

    どちらでも、ここではもちろん、すべき仕事は、
     ただ、1つ。

    ひたすら褒めるべし!

    口を極めて褒め千切ろうとして、
     涼が恥ずかしそうに俯いたのに、
    思わず、口をつぐんだ。

     涼がもじもじとしている。
    その姿に、かける言葉を思わず、変えた)

     ………どうしました?


涼:(非常に言いにくそうに)

     ………をな。


イサク: は?


涼:(聞き返されて、声を大きくした!)

     しゃ。写真をなッ。
   撮って、くれんかの?


イサク:(写真?
      これまた意表を突かれた。
     写真? カメラなぞどこにあったかと、
      考えをめぐらせつ、頚を傾げる)

     写真。それは、構いませんが………
    桜木さんにでも、お送りになりたいと?


涼:(兄に送って?

    それは考えなかった。
   自分と兄。
    もはや、逢える気がしていない自分に気付く。
   兄の魂を取り戻したとしても。
    この場から、どうやって兄の元へ戻る?


   方法がないではない。
    が、それには代償が必要だ。
   この期に及んでは………。

    ドレスに似合わぬ、小さく凄惨な笑みとともに、
   小声でつけたした)

    せめて<オモテ>の連中に、遺影よと送りつけてやれば
   長年の意趣も晴れるわ。


意趣がえし


イサク;(桜木の魂が蔡のもとにあることなど知る由もない。
    イサクにとっては、涼が思わず桜木のことから話を換え、
    <オモテ>のことなど持ち出しても、ただ、不可解。

     奇妙な心地のまま、応える。)

    その姿では、誰が見ても遺影などとは思いますまい。
   おおかた、

    (言葉を出すまえに、ニッとした)

    私と良い仲になって、帰ってくる気がなくなったと、
   そう思うだけだ。
    あながち、その認識は、偽りでもないが。

    (からかうように、けれど、絡めるように。
   涼の目の中を覗き込む。)


涼;(実のところは、
   写真を撮って置いて欲しいと思ったのは、別に、
    たいした意味はない。
   自分でも、何故そんな事を言ってしまったのか、
    数秒前の言葉なのに、不思議なくらいだ。

    だが、続くイサクの言葉には、体が反射的に、
   跳ね上がった。

    唇を噛み、イサクを睨み付け、近づいたその体を
     突き飛ばそうとした!)


イサク;(おっと! 

      そんな感じで、身を避け。
     しかし、涼の腰に手を回し、
      彼女の顔を笑顔で覗き込んだ)

   私は結婚などに興味はないが………

    あなたが相手なら、悪くはないかもしれない。


涼;(この男は………ッ!

    ますます目の端をつりあげて、
   イサクを睨みつける。
    言いたい事はたくさんあるが、いっぺんに
   言葉がのどぼとをめざすから、かえって声が出ない。

   腰に廻った手をふりほどき、
    口をぱくぱくさせて、顔を真っ赤に染める)


イサク;(涼の怒りの視線など気にもしない。
    ニコニコしながら。

     払われた手とは逆の手で、今度は涼の手をとり、
    さらに言う)

     まったく、鉄の女ですね、あなたは。
    日本の女性は貞操観念が強いという、あれかな?
     私がどれだけアプローチしても、ゆらぎもしない。
    自信がなくなりそうだ。



甘い言葉





涼;(普段と変わらぬイサクの言葉だが、
    何かのスイッチでも入ってしまったかのように、
   怒り心頭に発した。

   昼行灯気取って、船の中で自分に何を要求してくるでもない。
    確かに、自分が求めるまでは何もしないと約束はしていたが。

   そのような時間がただ過ぎることが、案外に
    気味の悪いものなのだ。

   イサクが自分に接するたびにみせる優しさや気遣い、
    笑顔は…………苦手と表する以外の何者でもない!
   それが、なんの対価も求めていないと勘違いしてしまいそうになる。
    おそらくはそれこそこの男の思うツボなのだろう。

    蔡といい、この男といい!
   人を馬鹿にするにも程があるッ!
    そう思うと、もう、腹がたつ以外の何者でもないのだ!

    腕を振り払い、怒鳴った)

   えぇぇ、もう貴様の軽口は聞き飽いたわッ!


イサク;(思いもかけぬ剣幕に、一瞬、本気でギョッとした。
    涼を見下ろし、目をしばたかせる)




懐柔策




涼;(イサクの面食らった顔に、躊躇いが僅かに胸を焼く。
    自分の怒りはお角違いのものかもしれない。
   怒ればイサクが驚いて何か自分から聞き出そうとする
   かもしれない。そんな打算が働いてはいないか………

    が、短い間に、その躊躇いすら振り切った!
   自分にそのような迷いがあるのならば。
    なおさら、この男の側にいてはならぬ!

   心が決まった。
    僅かな間だが、決然と唇を結び。
   イサクに、背を向ける)


イサク;(訳がわからない。
    涼の後を追う)




決意




涼;(追ってくるイサクの足を止めるために。
    振り向かず、しかし、足を止めた。
   そのままの姿で。
    静かに………口を開く。
   まさに、言い渡す、という表現がぴったりの口調で)

    追ってくるな。
   イサク。

    私はもうお前の部屋には戻らぬ………!


イサク;(立ち止まり。表情をゆっくりと変えた。
      驚いたものから、厳しいものへと)



涼;(口にしてしまった後は、もう、迷いはない。
    己の道は己で築いてきた。

   いままでそうしなかったことはない。
    そして、それはこれからも変わりはしないのだ。

   ドレスの裾をつかみ、再び歩き出した。
    きつく唇の端を結んだ、強い横顔のままで……!)




決意




*
ニックネーム オートマタ・ファクトリー at 00:17| 食堂

2006年08月29日

プレゼント

*******************************

 7月29日。蔡が部屋で思案をしている、同刻。

イサクの居室、涼とイサク。

 戻ってから、3度3度の食事をしただけで、消えていた事を聞かれも
しない。
 聞かれたとしても、起こったことをうまく説明する自信はないし、
応えなければならない義理もないと思うが、
 まったく何も尋ねられないのは、涼もいささか気味が悪い。

 イサクは<アーク>が止まったことも、
自分と蔡が<アーク>の腹に飲まれてしばし消えていたことも、
 気づきもせず、また、自分とは無関係だと考えているのだろうか。

いや、それは考え難いが………!

*******************************


イサク;(自分を問うように見つめている。

   涼の視線に気付いて、微笑とともに、頚を傾げた)

    ………腹でも減りましたか?


ちょい不機嫌



涼;(なんとなく取りつくしまもない感じをイサクから受け、
  視線を反らした。
   あったこと、すべてを話してしまいたい。
  兄の魂を抵当に、
   自分の元へ来いと蔡に言われた事を話したら、
  イサクなら、なんと返事をするだろう?


  「心配は御無用です。私が取り返して差し上げましょう。
    あなたを蔡に渡すわけにはいかない!」とでも?
   

  そして、兄の魂の宿るロザリオを、今度はイサクの手に
   奪われることになるのか?
  それと引き替えに、イサクから今度は取引を受ける?

   ………何も解決になっとらん!

  考えがぐるぐるめぐるだけなので、
   余計に、不機嫌!)


    別にッ!
   減ったなら勝手に喰いにゆくよ。
    気遣いは無用じゃッ。


微思案中



   (蔡の元へいかねばならぬ。
   一刻も早く、兄の魂をあの知識キチガイの元から取り戻さねば。

    けれど…………)



回想


   (蔡を思い出して、ふと、背筋がゾクゾクッとするような
     感覚を覚えた。
    あの男の自分を見る目は………)


規


ずっとこうしたいと思っていた


正気


  (<アーク>を脱出した後の機械室で。
    あの男はいきなり何を考えてあんな事をした?

   思い出すなり、勝手に体が熱くなり、
    唇を噛みしめ、押さえて、小さく唸っている。


   あの男は自分に対して………そうなのだろうか?

    いや、あれもまた演技ではないのか?

   人を騙すのは、この男たちの十八番だ………!)



さらに不機嫌



イサク;(涼が自分の中の思考に埋没した。
      それを見てとって、平然の仮面を被りながらも、
     少し、眉をよせずにはいられない。

      涼が混乱している。
     それは、その背を見ればわかる。
      しかし、何故?

     何があったのかを問いたくないわけではない。

      が、ただ問うて、望む答えが得られるとは思えない。

     しかし………
      誰か説明するがいい!
     彼女が襟足まで赤くなって考えているのは、誰の事だ?
      何故、己の唇を、無意識のように、指先で強く
     押さえているのだ?

     ………案ずるようなことはないと思うのに。
      想像に、見る間に、
     己の表情が硬くなるのがわかる………!)



      …………腹が減ったのはどうやら私のほうだ。
     何か、厨房でこしらえましょう。
      あなたもおいでなさい?
     待っている間に、きっと、喰いたくなりますよ。



涼;(<アーク>のすべてのシステムが止まっていることなら
   もう知っている。

    イサクについてゆかないと、食事を食べはぐれることは
   明白なので、口をつぐんだ。

    腹が減っては、戦はできぬ………!
   明後日の方を睨みながら、イサクに応えた。)


   ぬ………。

    どうしてもというのならば、
   ついて行って、やらぬ、でもない。



イサク;(涼のあいかわらず片意地な返事に思わず失笑した。

      そして、そこで何を思いついた?
     ふと、目を細めるようにして微笑む………!)


プレゼント



    ………そうだ。
   良いものを差し上げよう。
    
    日本へ来る道筋で、丁度、船上でショーをやったンですよ。
   その時のデザイナーが一着、
    置いていったものなのですがね。

   私が持っていても、しょうがない無用の長物だ。

    あなたに着ていただくのが、一番。


涼:(怪訝な顔で、イサクを見上げる………!)

   

*
ニックネーム オートマタ・ファクトリー at 06:40| イサク居室